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2012年01月17日

メガネ

1201メガネ

 この前まで、かけるメガネがなくなって、なんとも似合わない(と、ぼくは思っている)青いフレームのをかけていたんだけど、いろいろ策を講じたら、今度は一気にこんなにたくさんのメガネ持ちになってしまった。バランスよく生きていくというのは、むずかしいものです。

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2012年01月12日

お米の検査

アイソトープ手帳
先生のアンチョコ。買おうと思ったら2,500円もした

 年が明けて、ぼちぼちお願いしておいたお米の検査の結果が出てきた。まだすべての検証がすんでいないので、となかなかはっきりした結論は出してくれない。このあたり「なんか隠してんじゃないか」「対応が遅い」と、ふだんお国や行政の対応にいらいらするのとおんなじ理由かもしれないので、ちょっと興味深いところではあった。
 それでもせっかちな人はいると思うので、ぼくが勝手に結論からいえば、精米せず、籾の状態で計測した結果は、セシウムは検出されたがごく微量だったということだった。現在の500ベクレル/kgは楽々パスするのはもちろん、検査基準を厳しくして100ベクレル/kgで考えてみても、まだまだ大丈夫だろうという程度ということだ。

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2012年01月04日

せんせいのお話、の巻

1201線源
なんだか物騒な感じだけど、お値段もぶっとぶものだった

 さて、いよいよ家庭教師さんの登場です。おりからこの季節的には珍しい強烈な寒波となって、凍るような山村はすっかり凍てついています。はたして無事に来られるのかなとちょっと心配。放射能はとってもおっかないけど、今回の原発事故で即死した人は(たぶん)まだいない。だけど避難する過程で死んじゃった人はいっぱいいる。おらが村の蒲生さんの事故にしても、原発事故がなければ、今でもじっちゃんはふつうに炭を焼いていたと思うんだよなぁ。
 また話がそれました。いいたかったのは、放射能ではすぐには死なないけど、凍った山道でハンドル切り損ねて谷底に落ちてしまえば、それはただちに死ねる、ということでした。幸い、家庭教師氏は無事に到着くださいました。そして、まさに放射能のただちに健康を及ぼさないについて、興味深い話をしてくださったのでした。

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2012年01月02日

放射能家庭教師

2011作付けしてない稲作

 放射能の家庭教師に来てくれた友だちがいます。いやー、原子力って、まじめに学校で勉強していたら、きっとさぞおもしろかったんだろうなぁと思うのであります。おもしろいんだろうけど、それ勉強しているうちに、人間として大事ななにかを失うのだったら、やっぱりいやだな。
 とりあえず今回は、家庭教師さんに大事なことを教わった。その家庭教師さんは、たぶんどこかてドロップアウトしてしまったから、東電さまから研究費をいただくような立派な科学者にならずに、ぼくのところにやってきてくれているわけです。ありがとう。

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2011年12月30日

年末の神社

11年12月の靖国神社の門

 用ありで、東京にいってきました。そして、ちょっち時間が余っちまったもので都内散歩もしました。夜の靖国神社にも立ち寄ってみた。そういえば、ここの遊就館ってのはすごいらしいから、そのうち見ておかないとなぁ、などと思いつつ(その時間にはもう閉館時間となっておりました)。

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2011年12月07日

イノシシの放射能測定

1112イノシシの測定
体験交流館の受付にできた食品の検査会場

 12月1日から、村にベクレル測定器が入った。フィンランドのHIDEXというメーカーのものらしい。とりあえず1台しかないので、フル回転で計測しても、1日に10検体ちょっとしか測れない。それでも今は村に住んでいる人自体が少ないから、自分の家の畑(タンボは作付け禁止になっているけど、畑の規制はない)の作物とかを測ってもらえるようになった。
 一度なにかを測ってもらおうと思っていたら、Fくんがおみやげを持ってやってきた。交通事故に遭ったイノシシだという。足1本もらったので、早速測りにいってみた。

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2011年12月01日

避難生活入門。仮設住宅と借り上げ住宅

避難所だった頃のビッグパレット
まだ仮設住宅がなかった頃のビッグパレット。自衛隊設営のお風呂がある

 ぼくの住む川内村は、3月15日に全村避難となって、それきり、村民の大半は村に戻ってきていません。実は村の2/3以上のエリアは緊急時避難準備区域の指定も解けて、ごくふつうに生活できる(はずの)地域になったのですか、それでもみんな帰ってこない。
 帰ってこない理由はいろいろあるのだけど、まずはみんながどんな暮らしをしているのかというと、こんな感じです。
 みんな知ってることだと思ってたけど、先日、郡山の人に話をして驚かれたので、知らない人はまだまだいると思って、書いてみることにしました。

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2011年11月20日

ムラの選挙

お祝い用の紅白モチ

 今日は、村議会議員の選挙投票日。人口3,000人弱有権者が2,500人くらいと聞きました。震災の後、原発から離れて避難して、住民票も移してしまった人も少なくないので、いよいよ有権者は少ない。
 定数10人。今回は13人が立候補しました。現役8人。新人5人。いつもの選挙とまったくちがう選挙なので、みんなたいへんです。でも、選挙もいいものだなぁというのが、投票日のたった今の感想です。

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2011年11月11日

放射能を考えてみたりして

オープンガイガーのラドスキャン
オープンガイガープロジェクトの線量計。レゴみたいなので、試しにレゴのブロックを乗っけたら、ぴったりはまった。基板だけ9,800円だった。

 夏休みの課題提出期限はとっくの昔にすぎてしまったけれど、ぼくたちの放射能についての自由研究はまだまだ続いている。この自由研究の奥が深いのは、科学の研究だと思っていると医学の研究だったりするし、もうさっぱりなんだかわかんない。人によっては「はっきり言ってちょうだい」と声を荒げるけれども、たぶんみんなはっきりわかんないんだと思う。
 まぁいいやと、ぼくは思いました。キューリー夫人みたいに、死ぬほど研究に没頭したくはないけれど、自由研究というのは、それはそれなりにおもしろいものだからね。

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2011年10月12日

あーでもない、こーでもない

2011年川内村の秋の空

 原発が爆発してからというもの、世の中にはありとあらゆる矛盾が噴出している。矛盾というか不条理というか不誠実というか、そういう、よくないことが全部だ。放射能がまき散らされて子どもを育てる環境ではないと声高に叫ぶ人は多いが、こういう社会の実態こそ、教育上よろしくない。日本は、原発が爆発したからではなく、もうとっくの昔から、崩壊の道を歩んでいたんじゃないのかなぁ……。

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