2012年01月17日
メガネ
この前まで、かけるメガネがなくなって、なんとも似合わない(と、ぼくは思っている)青いフレームのをかけていたんだけど、いろいろ策を講じたら、今度は一気にこんなにたくさんのメガネ持ちになってしまった。バランスよく生きていくというのは、むずかしいものです。
似合わない(と、ぼくは思っている)のは左から二番目のやつ。これは下北沢あたりで発祥したTシャツみたいに安いメガネをかけかえてファッションしよう、というノリのメガネ屋さんで作ったもので、5,000円くらい。安い。
申し遅れましたが、ぼくはもういいおっさんなので、老眼である。もともと高校生の時から近視なんだど、それに老眼が入った。近視の方は、一時写真のピントが合わなくなったときに検査を繰り返したんだけど、何度検査しても変わっていなかった。なのでレンズの度そのものは、高校生の時から同じものを使っている。でもそれだと、近くが見えないんですね。
仕事をするときには、パソコンのディスプレーが見えればいいので、その距離専用のレンズを作ろうと思った。これだと、ふつうの近視用ですむ。このメガネを作った頃は、遠近両用のレンズって、ふつうの近視用だけとかいうより、ずいぶん高かったんです。なので近視専用のを5,000円で作って、仕事してたわけです。どうせ仕事用だし、世の中に出ることはないから、思いきり自分らしくないのを作ってみようと思って、いまどきの若者みたいな青いフレームにしてみました。安いフレームだから、塗装が剥げてきちゃって、ぜんぜんファッションぽくないけど。
そう、捨てられないの。レンズが割れたとか、傷だらけで前が見えないとなったら考えるけど、まだまだ見えるんだもの。けちなんですね、基本的に。もったいない精神ともいう。
そんなことをしているうち、持ってるレンズがそれぞれ、痛み始めた。たいてい、メガネのツル(セルっていうらしい)がダメになる。しばらくはダメになったのをがまんしてかけてるんだけど、やっぱり具合悪いので、かけなくなる。そのうち、いつでも青いのをかけて出歩くようになって、去年の全日本の後半戦では、みんなに「らしくない」なんて言われたりしたもんでした。
こいつの問題はらしくないだけじゃなくて、ディスプレーを見る専用だから、遠くがイマイチ見えにくい(かけないより断然いい)。それで仕事するときには遠く専用の、やっぱり5,000円くらいで作ったやつをかけてました。速報で文字を入力するときには、メガネ外さなきゃいけないんだけど、まぁこれはいつものことだ。オートバイ乗るときにも近くは見えなくていいし、転んだりしてぶっ壊すこともあるんで、そういうときにもこれをかけます。でもこれも、ぜんぜんお気に入りじゃない。それが、左の一番下のやつ。
5,000円のメガネをふたつ持ってるだけ、しかもどっちも特にお気に入りじゃなく、ほしくて買ったもんじゃないというのが悲しくて、新しいメガネも作りました。左の一番上のやつ。これ、ツルが折り畳まれない。形状記憶のb-チタニウムとかで、とにかく軽い。メガネ市場で18,500円。5,000円よりずいぶん高いけど、これで遠近両用だから、安くなったもんです。軽さもダントツ。ただ、レンズが小さいんで、いまひとつ、遠近両用としては見えは良くない。最近のメガネはどれもおしゃれになってちいさくなってるけど、遠近両用としてみたら、なるべく縦にでっかいほうがいい。遠近両用は、視線を上下に動かすことでピントを変えますから。
で、右に並んでいるのがフレームにトラブルをかかえた3本。このうち真ん中のは5,000円のやつで、Zoffってところのやつ。上のはニコンのフレームなんだけど、どこで作ったか忘れてしまいました。ツルの根本の部分が折れかけていてぶらぶら。踏んづけたのを修正しようとして曲げたりしているうちに、限界になっちゃったって感じ。
一番下のやつは、これが一番お気に入り。なんといっても、レンズがでかい。これは和真メガネというところで、子供用として並んでたやつなんだけど、お子様ランチじゃないから、大人が買ってったっていいよね、と作ってもらったものだ。フレームは、マルマン製だった。
ニコンのとマルマンのは、どちらも遠近両用で、どちらも合わせて6万円くらいしたんじゃなかったかと思う。6万円のも5,000円のも、フレームが壊れたらおしまいです。新しいの作ろうと思っても、なかなか気に入ったのがない。形状記憶のチタンフレームは軽くていいけど、見え具合はやっぱり前にかけてたのがいいなぁというわけで、フレーム修理の道を探り始めました。
メガネを作った和真メガネは町田店だったけど、郡山にも和真メガネがあった。それで、あるのでなおせるんだったらなおしてちょうだいとお願いした。最初は部品交換ができそうだというんで待ってたら、届いたパーツは部品番号こそ同じだったけど、ぜんぜんちがうカタチのだったそうだ。それで、修理をするということになった。できあがってきたメガネは、もともとのカタチとは少しちがっていたけど、使用上は問題なし。修理費は4,000円ほどだった。
残ったのは、やっぱりツルが折れてしまった5,000円のと6万円のやつ。あちこちさがして、結局お願いしたのはメガネ修理のタムラさん。多少溶接跡が目立ったりしてもまぁいいやと思って、修理をお願いしました。5,000円のメガネにお金をかけて修理するというのもバカだなぁと思いつつ、新しい別なのは変えるけど、同じもので新しいのは変えないから、これがいいと思ったら、修理するしかないと思ってしまいました。お金ないのに、我ながら、お金の使い方がヘタだなぁと思ってしまいました。
でも届いてびっくり。修理の跡がさっぱりわからない。これは素晴らしい。この修理屋さんは福井県の鯖江なんだけど、鯖江というところはメガネが地場産業で、日本中のメガネはほとんどここで作られているんだという話だけど、メガネのことなら鯖江に持ち込め、という感じです。修理代はざっと5,000円ずつ。5,000円のメガネを5,000円かけて修理したわけですか、修理されたものをみたら、お金の使い方がヘタだとは思えませんでした。
過去に、フレームがぽっきり折れてしまって捨ててしまったやつもあるんたけど、金属疲労というのは、折れたところにはきているけど、そのまわりは意外に大丈夫みたいだから、ぽっきり折れたやつでも、なおしてもらったら元気に活躍できたかもしれないなぁと、いまさら惜しくなって次第でした。
サイトを見ると、タムラさんには跡継ぎ(どうも、まだ小学生のようだ)がいらっしゃるようなので、メガネは末長くタムラさんにお世話になることにしたい。今まで40年近くメガネをかけてきたわけだけど、もっと早く知っていればよかった。
タムラさんにお願いするとすると、ぼくの場合、もうメガネのフレームは死ぬまで買わなくていいかもしれない。
● 12:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012年01月12日
お米の検査
先生のアンチョコ。買おうと思ったら2,500円もした
年が明けて、ぼちぼちお願いしておいたお米の検査の結果が出てきた。まだすべての検証がすんでいないので、となかなかはっきりした結論は出してくれない。このあたり「なんか隠してんじゃないか」「対応が遅い」と、ふだんお国や行政の対応にいらいらするのとおんなじ理由かもしれないので、ちょっと興味深いところではあった。
それでもせっかちな人はいると思うので、ぼくが勝手に結論からいえば、精米せず、籾の状態で計測した結果は、セシウムは検出されたがごく微量だったということだった。現在の500ベクレル/kgは楽々パスするのはもちろん、検査基準を厳しくして100ベクレル/kgで考えてみても、まだまだ大丈夫だろうという程度ということだ。
結果は出てますか? セシウムは出てますか?
というぼくのメールに「出てます」というお返事が来たので、最初はびびりました。原発からたった25kmの地点にいるのだから、セシウムが出るのも当然なのだけど、それでも「出てます」とはっきりいわれるとちょっとつらい。なんというか「おれはガンで死ぬんだ」とタバコすぱすぱ、酒もがんがん飲んでいた人が、いざ検診で精密検査を、となると急にびくびくしちゃって、検査の結果が出ていきなりしゅーんと元気を失っちゃうような、そんな感じだった。ただし「出てます」というのは、この場合、結果が出てるという意味だったのだけどね。
「結果は出ているけど、まだ検証がすんでいないので、数字その他もろもろをお知らせするのはもうちょっと待ってほしい」
というお返事だった。
ぼくなんかだと、体調不良を自覚しても検査に行くのを明日明日とじりじり伸ばしてしまうくせに、いざ検査をすると「結果はいつ出るんだ?」ときぜわしくなる。病院の話ばっかりじゃなくて、締め切りだったそうだ。締め切りを次から次へとぶっ飛ばして原稿を持ってきた人が「本はまだできないのか」といらいらしたりする。そういうもんなんでしょうね。
その裏には、自分の仕事はどれだけたいへんなのかを自分がよく知っているけど、人の仕事は見たことがないから、意外に簡単にやってんじゃないのー? なんて思っているからじゃないですかね。仕事を渡したら、次の瞬間に仕事が返ってくるもんだと思ってたりする。
ぼくら、放射能測定といえば、ピッと測ればピーッと結果がでるようなのを想像している。さすがに、ガイガーカウンターで遊んでいると、計測には時間がかかるもんだと理解できるようになるけど、こういうのは数字を読めばそれで決着がつく。でもそれって、数字を読めばそこそこの数字が出るように、作る方がお膳立てした結果なんですね。
お米の計測は、それ自体は30分とか1時間で終わってしまうんですが、そこから吐き出されたデータとにらめっこする作業が控えているらしい。表計算ソフトで吐き出されたデータは、それ自体はまるで無機質お数字の羅列で、なにを意味しているのかもさっぱりわからない。
もらったグラフには、セシウムだのなんだの、いろんな元素が検出されたことを示すデータが並んでいる。この中から、問題となるセシウムとかを拾い出して、その線量を特定していく。計測ってのは、考古学者が遺跡を発掘するみたいに、これは石ころだし、これは長靴だし、おー、これがマンモスの牙だ! みたいに地道てこつこつとした作業が必要になるんですね。知らなかった。X線カメラを買えば病気が発見できるものではない、というのと同じかもしれない。
だもんだから、たぶん放射線の専門家は、素人が線量計をふりかざして得意げに計っているのがおもしろくないんじゃないかと思う。素人が測ってなにがわかるんだ、という思いもあるし、いいかげんな数字が世の中に出てそれであらぬうわさが立つのは具合悪いな、という思いもあるのだと思う。
うちの先生も、この点はある程度同感みたいだった。でもこんなことは原子力を勉強しなくたって誰にだってわかることなんじゃないかと思う。正確な情報だけきちんと伝えればいいんで、ねつ造や誇張やよくわかんないことまで伝えるのは、それがお国であろうと民間であろうと大学であろうと、ややこしいからやめていただきたいっすね。
だからうちの先生いわくは、目に見えない放射線なんだから、みんな線量計は持つべきだと。でも機械を持てばそれでいいってことじゃなくて、ちゃんと使い方を広めていかなきゃいけないんだと。オートバイの世界の端っこに住みつくものとしては、少し頭も痛い。
ついでだから、最近救世主のようにあがめたてられている小出せんせーについてのうちの先生のご意見。小出先生の言ってることはごくごく正しいと。だけどあの先生は長年原発危険の意見がまったく聞いてもらえず、歯がゆい思いをしていた関係か、どうしても話を大きく見せて原発の危険性を訴えるような方向性に向いている。小出せんせーを信じる人が増えてきた今となっては、もう少しニュートラルになってもいいと思うんだけど、長年のくせはなおらないのかなぁということでした。
前回書いたけど、一部の人たちには悪魔みたいに言われている山下せんせーについても、うちの先生は「まちがっていない」とおっしゃった。もしかすると学者というのは、そうそうまちがったことを言うものではなくて(まちがいだらけの学者なんてなんの役にも立たないものね)、そのものの言い方でいいせんせーになったり悪いせんせーになっちゃったりするみたいですね。話聞くほうは専門家でもないし勉強なんかしてないのだから、そうであってもしょうがない。
ぼく個人的には、小出せんせーのいうことはもっともだと思うし、リスクについても可能性を語ってるだけなんでそうそうびっくりしないけど、状況が変わっていない限り同じことしか聞けない感じになってきたので、あんまり注目しなくなった。でもまだ一度も小出せんせー(京大助教の小出裕章氏)の話を見聞きしたことがない人は、ぜひ一度チェックしてみてください。
ついでにいうと、名古屋大学教授の武田邦彦氏については、たまたまこの学校で教鞭をとってる友人がいるんだけど、まちがったことは言ってないけど広告パンダ、という評価をしておられました。大学のせんせーがうそはつかないというのは、ここでも共通する認識だった。ぼくもあのせんせーのいうことは、立川談志亡きあとの(ごめんなさい。談志師匠にたいへん失礼だった)ブラックな漫談のような気がしています。
一升瓶に入れて棒でつつくという方法もあったけど、こんなふうにしてみた。すごい重労働だった籾すりの巻
すいません。おコメの話だった。グラフにはいくつかの山があって、そのどれがセシウムで、どれが鉛、どれがラジウムとメモがしてあった。メモはぼくのためにしてくれたもので、研究者はグラフをじっとにらんでいるうちに、ただの数字がセシウムやラジウムに見えてくるにちがいない。
で、研究室にも微量ながらも放射性物質はあるから、計測したデータからバックグラウンドと呼ばれるもともと研究室にあった放射線量を引き算する。引き算といっても、沸騰した100℃のお湯が室温20℃の部屋に置いてあるから、このお湯は実は80℃です、なんて計算をしたらダメだ。やっぱりここは経験と知識に基づいて引き算していく。ぼくにやらせたら、もー、めんどくさいからこのへんの数字でいいってことにしよう! なんてことになりそうな作業だ。
そんなわけで、きちんと数字をお伝えするのは、もうちょっと待ってちょうだいところでこれを書いてるんだけど、正確なのは歓迎だけど、ホームセンターで7,000円で測ってくれるのは1週間で答えがばっちりでてくるわけで、素人的には、すっきり数字が出てくるほうがさっさと安心してしまいますね、やっぱり。
グラフを見たり、話を聞いたりすると、どうやらおコメのセシウムは、30ベクレル前後ではないかということだった。おコメは2ヶ所から収穫している。ちょっとだけ標高が高くて線量が高いところが35くらいで、もう少し低いところが25くらいだった。籾の状態でこれだから、これを玄米にして、さらに白米にして、それでも心配なら大吟醸にして日本酒にしてしまえば、セシウムのセの字も残らないんではないかと思われる。
だけども。ここに籾の状態でセシウム0ベクレル(検出限界以下)のコメと30ベクレルのコメがある。精米していったら、両方0ベクレルになった。だったらどっちもおんなじかというと、おんなじでしょうか? うちの先生いわくは、おんなじだと思うしかないということだけど、ちょっとでももとにあったものは、おっかないやと思う人もいるんではないかなぁ。
先生もやっぱりおっしゃる。「小さい子どもには食べさせないほうがいいかもしれませんね」と。でもこうもおっしゃる。「ぼくは食べます。ニシマキさんも、もういい年だから、がしがし食べちゃって大丈夫です」。まぁ食べられるかどうかは、それ以前にまだ今年の作付けができるかどうか決まってなくて、もしかすると、2年続けて作付け禁止なんてことになるかもしれないんだけどね。
見てもよくわかんない検出データ。右の方に鉛筆でメモしてくれているのが、素人向け
まぁ今年は、できれば作付けできるようになって、自分たちで作ったお米をきちんと測って、納得した上で低い数値のコメを食べたいもんだなぁと思ったわけでありますが、ここで気がついてしまった。
線量を下げるには、土壌を除染したりするのも効果があるかもしれないけど、線量の高い米と線量の低い米を混ぜてしまうのが一番だって。500ベクレル(もうすぐ100ベクレル以下になる)以上の汚染米を出荷するのは罰せられるのだろうけど、499なら出荷できる。ブレンド米というのはちゃんと存在するから、ブレンドするのに罪はないはず。499ベクレルの米は、それを買った人が検査に出したりするとばっちり出てしまうから、念のため0ベクレルと半分ずつにすれば250ベクレル。1/4混ぜれば125。どんどん下がっていく。もしかして、巷で売られている米は、こんなことをしているんじゃないかなぁ、なんて妄想してしまったわけであります。いえ妄想ですから、ご心配なきようにね。
● 10:56 | コメント (2) | トラックバック (0)
2012年01月04日
せんせいのお話、の巻
なんだか物騒な感じだけど、お値段もぶっとぶものだった
さて、いよいよ家庭教師さんの登場です。おりからこの季節的には珍しい強烈な寒波となって、凍るような山村はすっかり凍てついています。はたして無事に来られるのかなとちょっと心配。放射能はとってもおっかないけど、今回の原発事故で即死した人は(たぶん)まだいない。だけど避難する過程で死んじゃった人はいっぱいいる。おらが村の蒲生さんの事故にしても、原発事故がなければ、今でもじっちゃんはふつうに炭を焼いていたと思うんだよなぁ。
また話がそれました。いいたかったのは、放射能ではすぐには死なないけど、凍った山道でハンドル切り損ねて谷底に落ちてしまえば、それはただちに死ねる、ということでした。幸い、家庭教師氏は無事に到着くださいました。そして、まさに放射能のただちに健康を及ぼさないについて、興味深い話をしてくださったのでした。
表面汚染を測るにはこいつが強力、だそうだ。サーベイメーター。ものの汚染度合いがすぐわかる
トライアルをやっている時以外で会うのはこれが初めてですから、どんなお仕事をしているのかとこっちが聞けば、向こうは事故以来、どんなふうにくらいしていたのかを聞いてきたりします。このへんでの社交辞令みたいなもの。彼の仕事については、あんまり秘密でもないのかもしれないけど、一応公にはしないでおきます。彼のところではないけど「仕事以外のブツを測ったらクビ」と言われている人もいるそうです。
会社の機材を使って仕事中に遊ぶな。検出したデータの責任が会社にも及ぶ可能性があるから面倒を起こすな。計測した数値によって大騒ぎになったらめんどくさいじゃないか。データを細かく測ることによって数字だけが独り歩きして混乱するのがこわい……などなど、理由はいくつか考えられるのですが、クビになる理由は教えてもらえませんでした。聞いてないから、ということだけど、たぶん、想像したのとおんなじような理由じゃないでしょうか、ということです。大人の世界は、むずかしい。
さて原子力の話、ぼくら、テレビとかYoutubeで、大学のえらい先生が不遜な顔つきで出てきて「おまえら素人はよけいな心配しないで原発直下の村で暮らしてろ(意訳)」と高飛車にしゃべるのを見聞きして、すっかり原子力という学問が悪の巣窟みたいに思っている。そういう偏見からすると、この家庭教師さんは悪の巣窟の出身者で、しかしいまだにその筋で飯を食いながら、メインルートからはドロップアウトしたような感じであります。
素朴な疑問コーナー。半減期というのがあります。半減期1日だったら、今仮に100個あるものが、1日たったら50個になっているという考え方ですね。この考え方は正しいそうです。ただ、100個とか50個とかという幼稚園みたいなものの考え方がイマイチ。この考え方では、2日たつと25個、3日たつと……、あれ? 12.5個になるの? となってしまう。ようかんなら半分に切って仲良く分ければいいんだけど、まな板に乗ってるのはようかんではなくてセシウムだのプルトニウムだの、原子なわけだ。半分になんかなるのだろうか? たとえば今セシウムでもなんでもいいけど、原子をひとつだけ持ってくる。セシウム137だったら半減期が30年だから、30年たったらその原子はどうなるのか。半分になるのか??
「なるんです」
先生はおっしゃる。えー! セシウム原子が半分になったら、それはもはやセシウム原子ではないんじゃないの? 原子構造をインターネットで調べようとするできそこないの生徒に対して先生はおっしゃる。「半減期は最後まで半減期としかいえないんです」。
なんだかいきなりくらくらしてきた。それはなんというか、ぼくだけが思ってるのかもしれないけど、宇宙の果てはどこにあるのか、みたいな話ではないか。ぼくらの住む銀河系ともっとも遠く離れた宇宙は、光の速さで銀河系から遠ざかっている。なのでその宇宙から、ぼくらのところに光が届くことはない。光速で飛ぶ宇宙船ができても、そこについたときには目的地の宇宙はさらに遠ざかっているから、永久に到着することはできない。ああ無情。これ、確かアインシュタインだかなんだかのことを書いた本で読んだことがあるんだけど、こういう気が遠くなる話は、スケールが大きな宇宙の話だけじゃなくて、目の前にあるはずの素粒子でもおんなじだったんですね。こりゃ、研究室でお勉強している人は、さぞおもしろいだろうなぁと思いました。ぼくも(入学試験に合格するかどうかは別問題として)こういう勉強をさせてもらえるんだったら、わくわくしてしまうと思う。
研究者による結論はどうなるのかわかんないけど、ぼくの理解では、つまり福島第一原発からばらまかれた放射能は、いつまでたってもなくなることがないのだ、ということです。セシウム137の半減期は30年。30年で半分、60年で1/4、90年で1/8、120年で1/16……。しかし何億年後かにセシウム137の原子がたったひとつになっても、その30年後には原子が半分になったセシウム137が存在するということらしい。なんだか、原子のお勉強って、禅問答みたいだ。
放射性物質が放射能を出すときというのは、なんとか崩壊といって、たとえばセシウム137がセシウム137でなくなって、別のものになってしまうとき、らしい。これはてけてけとWikipediaで検索しました。安易な勉強でごめんなさい。で、放射線を出すとセシウム137はもはやセシウム137ではないので、それ以上の危険はなくなる。逆に言えば、目の前にあるセシウム137がたとえばあと2年は崩壊しないと約束してくれるなら、2年間は安全に暮らせるってわけだ。
実際には、セシウム原子をひとつ取り込んだりするなんてことはできない。新しい基準で食べてもいいという基準になった100ベクレルってのは1kgあたり毎秒100個のセシウム原子核が崩壊しているということらしいんで、1分間に6000個、1時間に36万個、1日で2160万個、1年間で79億個、セシウム137が半分になるといわれている30年後までには19兆個のセシウム原子核が崩壊するってことかいな?(こんな計算であっているのかどうかはわからん) 原子核のひとつふたつを語っている場合ではないということみたい。
100CPM以上。CPMって、機械によって出る数字がちがうのだということを初めて知った。ぼくの機械は感度がよろしくないので、同じ場所で40CPMくらいしか示さない
さて件の家庭教師氏、仕事帰りでというから、ちょっと仕事道具を見せてもらった。震災直後、川内村から出てきたといったら「じゃまずスクリーニングしなさい」といわれて測られた機械があった。ちょうど、1000ベクレルが出たイノシシの肉があったのであててみたら、数字は正確にはわかんないけど、検出はしているということでした。1000ベクレルから出る放射線値なんて、ふつうの計測器では絶対測れないから、たいへん感度がよろしいようだ。
先生は、仰々しいサーベイメーターといっしょに、アクセサリーが入ってるみたいなケースを出してきた。中に、錠剤みたいなのが入っている。なんだろうと思いきや、これはセシウムの線源というものだそうだ。これを測ってみて、測定器が正しいのかどうかをチェックするような使い方をするのだという。セシウム134とセシウム137の線源があって、どちらも1000ベクレルを出すようになってるという。
セシウムと聞いて手を引っ込めたら、大丈夫大丈夫と笑われた。今、セシウムの摂取基準はちょっと下がったけど、これまでは1kgあたり500ベクレルが暫定基準になっていた。1000ベクレルは、ちょうどこの前計ってもらったイノシシくらいだ。食い物としては低くはないけど、さわったら健康を害するというレベルではない。
セシウム134とセシウム137の線源。ケースの中の白い丸いのが、問題のブツ。一応、持ち主を特定できそうなデータは消しておいた
しかし放射能以外に、この錠剤みたいなのは健康を害しそうな効力があった。「いくらだと思います?」。こういう聞き方をするときには、きっと高いんだろう。見た目は100円ショップで売ってるような代物だけど、きっと1万円くらいはするにちがいない。するとなんと「中古のトライアルバイクが買えるくらいです」と。中古のといっても、5万円のもあるかもしれないが、そんなものは乗れたものではない。件の錠剤は、40万円だという。
よんじゅうまんえん? 1000ベクレルのイノシシの肉は誰も買ってくれないだろうけど、1000ベクレルの放射能を出すアクセサリーは、びっくり仰天に高いのであった。どうやって使っていいものかさっぱりわからないから、よけいに高けー!と思う。
ちなみに、セシウムの線源はほんもののセシウムを錠剤に閉じこめているのだが、放射性ヨウ素の場合は半減期が短いので、本物だとあっという間に賞味期限が切れてしまう(放射性ヨウ素の半減期は8日だから)。なので、バリウム133だかの放射性バリウムを代わりに使うんだそうだ。放射能屋さんも、たいへんだ。
左のふたつがぼくの。右のふたつが先生の。ぴたり揃ったふたつは、1万円台のガイガーカウンター。一番左はプリピャチというゴーストタウンになったウクライナの街の名からとったガイガーカウンター。もっと時間を置くと、少しずつ数値が上がっていく。右から二番目は、ドイツの知り合いに買ってもらったそうだが、調べたら70万円くらいしてびっくり。シンチレーターで、数字が低めに出る。こっちのほうが数字的には正確だそうだけど、ガイガーカウンターの数字の多少の上下は気にしてはいけないということでした
放射能の話をするとき、飛行機に乗ったら何Sv/h、レントゲンを撮ったら何Sv/hというのはよく聞く話。飛行機やレントゲンは自分の楽しみのためとか健康のためにしょうがなく被曝するんで、有無を言わさず被曝する現状と比べるなんてずるいと思うのだけど、先生はもっとびっくりの比較対象を教えてくれた。末期ガンの患者さんへの痛み止めのために、ストロンチウムを与えることがあるんだそうだ。ストロンチウムで痛みの神経を殺してしまえば(マヒさせるだけかもしれない)、患者さんは楽になる。楽になると、食欲とかも出てきて、少しでも長く生きられる、というときのストロンチウム。このストロンチウム、どれだけ与えるかというと、何ギガベクレルだそうだ。ガンの痛みに耐えているよりは、という注釈つきだけど、何ギガベクレルのストロンチウムを与えられて、それで寿命が伸びることがあるんですよ、という解説だった。うーむ。だからストロンチウムが安全だなんてこれっぽっちも思わないけど、考えさせられる例題だった。
ついでに、先生には今福島で話題となっている先生方についての論評もしてもらった。あの先生はホンモノ、この先生はインチキという論評もふむふむと聞かせてもらったけど、ぜひご報告したいのが長崎大学の山下俊一センセーについて。この先生、100ミリシーベルト浴びても安全と言っちゃって、刑事告発されちゃったりしている。お気の毒なのか自業自得なのか、という点についての見解はこんなふうでした。
でたらめか正しいか、という論点では、あのセンセーの言っていることはかなり正しいと思えるということでした。ただし人の気持ちがさっぱりわかっていない。あれじゃ怒られるのも無理はないと。ここまではまぁそのとおりかいなと思うんだけど、その理由が楽しい。
女の子が電車に乗っている。すると痴漢があらわれた。お尻を触られた。きやー、痴漢よー! そのとき山下センセーあらわれておっしゃる。「大丈夫、お尻を触られたくらいでは、死にません」。今、福島の人に向けてあのセンセーがおっしゃっているのは、そんな感じなんじゃないかということだ。
そりゃ、お尻を触られて死んだ人は聞いたことがない。でも、痴漢にお尻を触られて喜ぶ人もほとんどいないし(中にはいるのかなぁ)、それでただちに健康被害が起きなくたって、いやなものはいやだ。痴漢にお尻を触られたまま、泣いている女の子に対し「大丈夫、死なないから。笑ってなさい」とアドバイスするのは、人間としてこわれている、というのがうちの先生のご意見でした。わはは。
*ちなみに、プリピャチの名前を出したんで検索したらひっかかったのがこのページ。
らばQの「チェルノブイリ原発事故でゴーストタウンになった街「プリピャチ」の姿」
http://labaq.com/archives/51177839.html
この記事が書かれたのが3月10日だというのがすごいな。
● 18:07 | コメント (0) | トラックバック (0)
2012年01月02日
放射能家庭教師
放射能の家庭教師に来てくれた友だちがいます。いやー、原子力って、まじめに学校で勉強していたら、きっとさぞおもしろかったんだろうなぁと思うのであります。おもしろいんだろうけど、それ勉強しているうちに、人間として大事ななにかを失うのだったら、やっぱりいやだな。
とりあえず今回は、家庭教師さんに大事なことを教わった。その家庭教師さんは、たぶんどこかてドロップアウトしてしまったから、東電さまから研究費をいただくような立派な科学者にならずに、ぼくのところにやってきてくれているわけです。ありがとう。
この友人、トライアル関係のお友だちです。トライアル関係のお友だちは、その人の職業を知らない場合が多い。オートバイで遊んでいるときだけの友だちだから、知らなくたって特に困らない。
実は彼は、学生時代は某国立大学で原子力だか量子力学だか、なんだかわかんないけどそういうむずかしい学問を学び、今は福島県の放射能測定器の調整などをする職務に就いているという。それで、わざわざ声をかけてきてくれた。そこで初めて、へー、そんなお仕事をされてたんですか、ということになるわけです。
あ、そうそう。ぼく、放射能という表現が好きです。放射性物質やら放射線やら、単語はいろいろ会って使い分けがむずかしいけど、ぼくは十把一からげに放射能と言ってしまいたい。するってーと、素人がまちがいを書きやがってという人がいるのを知ってて、わざと放射能と表記してます。ぼくたちが勉強したいのは原子力科学でも量子力学でもなく、自分にふりかかる放射能とどう付き合っていくか、なのだから。
今回の話、どこからどこまで書いていいものやら、よくわからない。まぁ逮捕されることはないにしても、彼の仕事がやりづらくなったり、ぼくのところにお役所の人がやってきたりする可能性はある。家庭教師氏に確認したら「ぼくは会社に福島の人に協力するよといってあるし、大丈夫です」と言ってくれたけど、一応匿名にしておいた。ぼく自身は、今さら逃げも隠れもできない。
実は、米を収穫したのだ。2011年、原発30km圏内の川内村は、米の作付け禁止区域になっていた。お米は作っちゃいけないというきまりだ。これに違反すると罰金だかなんだかもあるという。騒動を起こした張本人の東電さまの面々がボーナスもらってぬくぬくしているのに、被害者の農家のみんなが罰金だって? というつっこみはここではしない。3月以降、そんなことばっかりなんだもの。で、あらためて考えてみると、3月以前だってそんなことばっかりだった。福島も沖縄も、八ッ場ダムも太平洋戦争も、みんなおんなじ構造だから、気をつけたほうがいいですよ。次はあなたの番だから。
おっと、そういう話をしたいわけじゃない。お米の作付け禁止だ。2011年、食べられるかどうかわからないから、実際にお米をつくって確認しようとした秋元美誉さんのお米は、全部破棄させられた。ちゃんと測らなきゃ、来年につながらない。測れる米を捨てさせて、汚染の高い米を出荷する。今のお国がやってることを、みんなもっとちゃんと知らなきゃいけないと思う。きっとみんな、知らない間に汚染の高いもの食べさせられてるよ。すぐに死んだりしないと思うけど。
で、お米を作るとそんな目に遭う。美誉さんのところはずいぶんぐずぐすされたけど測ってもらえたからまだマシで、測りにも出してもらえずに捨てさせられたところもあったらしい(テレビだと、川内村で一軒だけ米を作った、なんて紹介されてますけど、実はあと数軒、お米を作った農家があったわけです。実は)。まったく水の泡、田んぼの米。
雑草の育つ田んぼを見ながら、この1年、もったいないなぁと思っていたら、なんだか見たようなものが田んぼに育っているではないですか。それは、お米だった。誰が田植えをしたんだろう、いやいや、誰も田植えはしていない。勝手に出てきちゃった稲穂だ。1年前の秋、収穫の時にこぼれて地面に落ちたお米が、冬の寒さにも雨風にも、ついでに放射能にも耐えて、芽を出して育って実をつけたのでありました。
へー、そんなことがあるもんだなぁと最初はぼう然と見ていたんだけど、これだって米なんだから、測れるじゃないかと気がついた。気がつくのが遅かった。折から、村では除染の名のもとに、地面をはがしたりいろんなことが始まっていて、田んぼも草刈り部隊が入っていた。これ、お国が県に依頼して、まわりまわって地域の人々がやってるんだけど、1日1万円ほどもらえるなかなかおいしいアルバイトだった。自分ちの草刈りには金が出ないけど、除染だとお金が出る。雇用対策という面もあるのかもしれない。まぁ、除染についてはこれまたいろいろ思うところあるのだけど、今回はこれについても通過します。
で、除染の草刈りをしている横で、あわてて稲刈りをしました。ちゃんと田植えをしたわけではないから、遠くから見ると立派に稲穂が実っているように見えて、近くで見ると雑草だらけ。なので収穫も雑草ばっかり。その中から稲を選り抜くのがけっこうめんどくさいです。
それでもこのお米は、まるで無農薬。化学肥料もいっさいなし(そのかわり有機肥料もないけど)。かなり健康的なお米です。放射能だけがちょっとふられたというところが不幸。でもこの不幸がどれくらいの不幸なのかは、測ってみないとわかんないじゃんね。
とれたお米は、物干し竿につるして乾燥しました。ふつうの田んぼだったら、田んぼにずらりと天日干しの稲が並ぶんだけど、ほんの少ししか収穫できず。まぁしょうがない。件の放射能家庭教師氏は、このお米を測ってくれるってんで、わざわざ取りに来てくださったのでした。
12月から、我が村でも食品の放射能検査ができるようになった。そっちに持ってけば簡単ではあるんだけど、なんせ村にはお米がないことになっているから、お米なんか持ち込むとめんどくさいことになりそうだ。検査してるのは村の人なんだけど、測ったデータは県に報告することになっているわけで(県の検査機械だから、まぁ当然です)、へんなものを持ち込むと、検査してるご担当にもご迷惑かかりそうだから、今回はあくまで水面下だ。
家庭教師氏は、仕事で福島だのなんだのにはよく来てるそうなんだけど、仕事ってのはそうそう自由な時間がとれるわけでもなく、ぼくのほうも、お米を測ってもらうには脱穀したり精米したりしなきゃいけなくて、年末でなかなかやってるヒマがないなんて言ってるうちに、どんどん時間がたってしまって、いよいよ年もおしまいという頃になって、駆け込みでお米をお渡しできることになった。
稲穂から米粒をはぎとる脱穀作業は、いまどきは稲刈りといっしょに機械がやってくれるのがふつうだけど、ほんの数kgのお米に機械を使っていたら、ロスが多そうだから、全部手でやった。この作業、大昔はやっぱり手作業だったんだろうなぁ。気が遠くなる。去年の収穫の時には足踏み式の脱穀機を使って、これもずいぶん手間のかかる機械だったけど、完全な手作業は天文学的に気が遠い作業になるにちがいない。脱穀したら、収穫したら2kgほどになった。ざっと一升。でもこれは籾だから、玄米にして白米にして、くず米を捨てたら、どれくらいになっちゃうだろうな。
最初は玄米にして測ってもらおうと思ってたけど、放射能は籾の状態が一番とりこんでるはずだから、籾の状態でしっかり測ろうということで、籾をお渡しした。とりあえず、お米の話はここまで。お米は、今測定中だ。素人はすぐ答えを知りたがるから、どれくらいだった? と聞いてみるんだけど、ちゃんとした答えを出したいからと、なかなか教えてもらえない。どうやら食べても問題なさそうな値であるそうだけど、これについてはちょっと待たれ、ということだ。
なんだか妙に長くなっちゃったから、この続きはまた今度(忘れちゃうから、できるだけ早いところ書きます)。
今回は、かくして禁断のお米の収穫が無事に終わりました、というところまで。まぁ禁断のといっても、禁止されているのはお米の作付けであって、誰も作付けなんかしていないという点で、怒られる筋合いじゃないんですけどね。
● 15:20 | コメント (4) | トラックバック (0)
2011年12月30日
年末の神社
用ありで、東京にいってきました。そして、ちょっち時間が余っちまったもので都内散歩もしました。夜の靖国神社にも立ち寄ってみた。そういえば、ここの遊就館ってのはすごいらしいから、そのうち見ておかないとなぁ、などと思いつつ(その時間にはもう閉館時間となっておりました)。
そして翌日。ニュースを見たら、この門が何者かによって火をつけられていた。幸い、被害はごく小さかったようでなによりでしたが、全焼していれば、これが最後に撮られた写真になっていたところだった。写真は、撮れるときに撮っておかないといかんですね、というあらためての教訓をいただいたのでありました。
そんなこんなでうちに帰ってきたら、排水が凍結していた。幸い、配管が割れちゃうところまでは事態は深刻でなかったのだけど、凍結防止でちょろちょろ出してるもんだから、出るだけ出て抜けるところがないんで、ちょっとやっかいなことになっていた。とほほ。
という、火と水についてのお話でした。
● 12:56 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011年12月07日
イノシシの放射能測定
体験交流館の受付にできた食品の検査会場
12月1日から、村にベクレル測定器が入った。フィンランドのHIDEXというメーカーのものらしい。とりあえず1台しかないので、フル回転で計測しても、1日に10検体ちょっとしか測れない。それでも今は村に住んでいる人自体が少ないから、自分の家の畑(タンボは作付け禁止になっているけど、畑の規制はない)の作物とかを測ってもらえるようになった。
一度なにかを測ってもらおうと思っていたら、Fくんがおみやげを持ってやってきた。交通事故に遭ったイノシシだという。足1本もらったので、早速測りにいってみた。
イノシシは、うちのちょっと先のじっさまが見つけた。交通事故でやられて、寒空の下、タンボで伸びていたそうだ。じっさまによると、こんないい肉は見たことがない。脂がたっぷりなので、脂もちゃんととっておいて、家の扉とかに塗ってやると、開け閉めがスムーズになったりするんだぞということだった。 とはいえ、お亡くなりになったイノシシを潤滑剤にだけ使うのはもったいない。でも最近のニュースでは、イノシシは思いきり内部被曝していて高い放射線値が検出されるから出荷停止となっている。このへんではイノシシの肉なんか売ってる人は誰もいないけど、とれれば食べる。この季節、鍋にするとおいしいのだ。
測定には、検体が1kg必要だそうだ。1kgって、そこそこ大きい。もものあたりが一番多目だったので、この肉を検査に持っていった。
検査は講習を受けた村の人がやっている。持ち込まれた食品は切り刻まれたりおろされたり、細かい状態に処理される。なんということはなくて、包丁や大根おろしを使った台所仕事だ。切り刻まれて計量された検体はビーカーに入れられる。そのまんまビーカーに入れると、ビーカーが汚れてしまうから、ビニール袋に入れてからビーカーに入れる。作業中のゴム手袋も、使い捨てだそうだ。
下ごしらえの調理中
調理?が終わった検体は、ビーカーに入れられて計測を待つ。ビーカーを入れる計測器たるや、ちょっとした骨壷みたいな大きさだけど、その重さが100kgあるんだそうだ。それぐらいの壁で外の放射能が測定に影響しない環境を作ってるってことでしょうね。
骨壷にはパソコンがつながっていて、測定データを記録するようになっている。測定が始まったら、黙って20分待っていればいい。その間に、受け付けられた分の台所仕事をせっせとやっておくのが、係の方のお仕事になる。10kgの大根おろしとか、相当な重労働だ。放射能計測というのは、思いきり力仕事なのだと知りました。
検出限界は50ベクレル/1kg。この数字が頼りないと思う人は、もっと低い数字が出せるところに検体を持っていくしかない。パソコンが吐き出したデータには50ベクレル以下の数字も出ているんだけど、お渡しするときにはNDと表示する。
こういうの、安全デマの流布ではないかという人もいると思うし、ぼくも正直なところ、数字が出てるならちゃんと出してほしいと思う。でも測定の先生によれば、ND以下の数字は信頼性が低いものなので、数字として出すのは適切ではないということらしい。50以上はそれなりに正確な数字だと思っていいけど、35という数字が出ていたとしてもそれは49かもしれないし10かもしれない、みたいな話なのかな。それならNDなんて不思議な言い方をしないで、50ベクレル以下という表現の方が正直な気がするけど、それだと今度は50ベクレルに近いような気がしてしまうのかもしれないね。情報操作はしてはならんけど、生の情報そのままだと伝わりにくいということは確かにある。情報をどんなふうに加工して世間に出すのかは、むずかしい問題だと思う。放射能測定の場合は、お国のやることがどうも信じられないという前提だから、最初の出発点からけつまずいてしまってるんですね、きっと。
すでに自分ちで作った野菜とかを持ち込んでる人はけっこういて、そのほとんどがND。これまでに蜂蜜が54ベクレル、ムキタケって茸では200ベクレルが出たそうだけど、どちらもいわゆる暫定基準値の500ベクレルは下回っているから、食べてもよかろうということになる。
でイノシシだ。検体を持ち込んだのが閉店時間の午後3時をすぎていたから、受け付けるだけ受け付けて、明日の一番で測るね、ということになってその日は帰ったのだけど、そしたら朝一番で電話かかってきた。けっこう高いのが出たんで、とりあえず電話してみました、ということだった。その数値は写真の通りだけど、セシウム134が500ベクレル、セシウム137が647ベクレル。1日から測定を始めた中では、ぶっちぎりに高い数値だった。
イノシシの測定結果
暫定基準値は500ベクレル。500と647を足すと1147ベクレルだから、暫定基準値の倍近い数字だ(一説には暫定基準値はそれぞれのセシウムの数値を足したものではないという話もあるけど、お国がいっているのは放射性セシウムが500ベクレル、ということだから、134と137を足した数字が500以下とみるべきだろうと思うんだけど、そういうふうに明記した文書は見つからなかった。だまされればラッキー、みたいに考えてるんだったら、いやだな)。
測定してるのはごくふつうの村の人だから、このイノシシを食べられるか食べられないかの結論は言ってくれない。イノシシをくれたじっさまにも、数字を報告しただけにしておいた。ひとつだけ確かなのは、これを売ったりしてはいけない、ということだ。
個人的には、イノシシは毎日食うようなものではないから、イノシシが大好きなら食べればいいし、そんなに好きでないなら食べないほうが身のためだ。じっさまによると、今回のイノシシはまれにみるいいイノシシだったというから、そういうことなら、ちょっと食べてみるのも悪くないなと思ってる。
セシウム134は半減期が2年だというから、2年間冷凍しておけば、2年後には250ベクレルになってるのかもしれなくて、ほんとにそうなるかどうか試してみるのもおもしろいと思ったけど、それまで冷凍庫にセシウムのイノシシがいすわっているのもなんだかなぁと思うので、まぁ、食べるにしろなんにしろ、早めに処分しちまおうとは思ってる。ちなみに、検体そのものは、ある程度の高い数字が出たら、再検査なのかなんなのか、お預かりすることになってるというシステムだそうで、お預けしてきた。
ここには、もうしばらくすると検査機がもう一機入るんだそうで、検査効率があがることになる。台所仕事がたいへんだから、強力なジューサーみたいなのと、検査アプリケーションがもう少しスムーズに動くように、メモリをたっぷり積んだパソコンを支給してあげるといいと思う。
● 13:37 | コメント (3) | トラックバック (0)
2011年12月01日
避難生活入門。仮設住宅と借り上げ住宅
まだ仮設住宅がなかった頃のビッグパレット。自衛隊設営のお風呂がある
ぼくの住む川内村は、3月15日に全村避難となって、それきり、村民の大半は村に戻ってきていません。実は村の2/3以上のエリアは緊急時避難準備区域の指定も解けて、ごくふつうに生活できる(はずの)地域になったのですか、それでもみんな帰ってこない。
帰ってこない理由はいろいろあるのだけど、まずはみんながどんな暮らしをしているのかというと、こんな感じです。
みんな知ってることだと思ってたけど、先日、郡山の人に話をして驚かれたので、知らない人はまだまだいると思って、書いてみることにしました。
当時の菅総理大臣は、お盆までにすべての仮設住宅の建設を完了すると明言しちゃって、それに合わせるべく突貫工事で東北各所に仮設住宅ができあがった。請け負い業者の手腕のちがいなのか、建て付けのいいところ悪いところ、そもそも立地がいいところ、とんでもなくへんぴなところ、条件はいろいろなんだけど、仮設なんだからある程度はしょうがない。
仮設住宅は、まず土地がいる。川内村の場合、役場がビッグパレットふくしま(展示や大規模会議などを行うコンベンション施設)にあるので、まずそこの隣の空き地(なにかにしようとしてたんだろうけど)に建設が始まった。ここには川内村と富岡町の人たちが入ることになった。でもこれだけじゃ足りない。一応お役所仕事だから、川内村の人はいわき市の仮設住宅に入るわけにはいかないらしいし、どうせそっちも入居希望者でいっぱい。いまのところ川内村には、郡山市にもう1ヶ所、いわき市に1ヶ所の仮設住宅がある。
仮設住宅への入居は、役場に申し込みをする。申し込み殺到の場合は順番待ちとなる。空きなんか出るのかと思うけど、けっこう空きが出たりもするようだ。新しい仮設住宅を作っていたりもするので、いろいろ不都合があって引っ越す人もいる。
1戸あたりは、そんなに広くない。大人二人か三人でいっぱい。なので大家族の場合は仮設住宅一軒では入りきらない。なので数軒の仮設住宅を借りることになる。今まで一緒に生活してきた大家族が離れ離れになる不幸という見方もできる。しかし一方では、これまでひそかに別居を望みながらかなわなかった若い夫婦の望みがかなったりする一面もある。だいたい仮設住宅の一軒は二人暮らしのようだ。
仮設住宅の他に、借り上げ住宅という制度もある。仮設の建設が間に合わない、数も足りそうにないということになって、福島県が(宮城県とか岩手県もやってるのかもしれないけど)空き家を片っ端から借り上げて、被災者に提供しようという制度だ。制度ができた瞬間から家賃は県が払うので、被災者は役場に紹介してもらって不動産屋さんに「住まわせてね」というだけでいい。仮設とちがって前からアパートなりとしてあるものだから、古いの狭いの広いのといろいろだけど、たいてい住むには申し分ない。仮設とちがって、アパートにはエアコンがないところがあったりする。カーテンも、ふつうはついてない。そしたらそれも、県がお金を出してくれるって言うんだね。至れり尽くせり。
仮設でも借り上げでもなく、自分で一軒家を借りるという手段もある。県が出してくれるのは家賃6万円までだから、その条件に合えばOK。空き家を見つけて貸してくれよとお願いして、いいよとなったら不動産屋さんを通じて県に申請すればいいらしい。自分で探すんだからそれなりたいへんだけど、中にはこういう苦労をいとわない人もいる。実際、何ヶ月も住むことになるんだから、ちゃんと選んだほうがいいよね。
とりあえず家はこんな感じ。あとはその中身だ。被災者というのは、中には津波で家を流された人もいる(というか、本来はこっちの人の手当てが優先課題だ)。なので家財道具はなんにもないと思って迎え入れないといけない。
その点仮設住宅は、鍵を渡したらすぐに生活できるような設備が整っている。電気も来ている。プロパンガスもつながっている。エアコンもカーテンもついている。
さらに今回は、赤十字の支援もあった。すべての仮設住宅に、冷蔵庫と洗濯機と炊飯器と電気ポッドと電子レンジとテレビがついている。赤十字への義援金でさしのべられた温かい気持ちが、この6種類の家電になった。家電6点セットというやつだ。
さっき、大家族では数軒の仮設住宅に入ることがあると書いた。家電6点セットはすべての仮設住宅にもれなくついている。もれなく! なのでたとえば3軒の仮設住宅に入った家族には、3セットの家電が支給されていることになる。爺さま婆さまの仮設にも300リットルの冷蔵庫と35インチのテレビ、若夫婦の仮設にも300リットルと35インチ。主に子どもたちが遊んでる仮設も300リットルと35インチ。原発の事故で避難してるというのに、仮設住宅は電気の申し子みたいになっている。さすがにそういうたくらみだったわけじゃないと思うけども。
で、もともと広くない仮設住宅、広く使おうと思ったら、一家にいくつもある冷蔵庫や洗濯機はかなりじゃまっけだ。仮設住宅に被災者が入居してから、周囲のリサイクルショップではどこかで見たような家電がずらりと並ぶようになったという。恩をあだで返して、と思われちゃってると思うけど(そして恩知らずだっていないわけじゃないと思うけど)被災者の個別の意思を無視しての公平なる支援は、こういう結果だって生んでしまうという必然なのだと思う。
で、赤十字さんや行政にとっては、すべての人に公平にというのが重要みたいで、仮設住宅の人に家電を渡したら、借り上げの人にも家電を渡さないといけないってことになる。仮設住宅が優先になるので、借り上げ住宅に家電が届いたのは少し時間がかかったけど、それでもある日あるとき、役場から電話があって、今度の何曜日にテレビや冷蔵庫が届くよと吉報がもたらされる。この件についてインターネットで検索してみると、必要なものだけ請求して届けている、ということだったけど、どれが必要か?なんて尋ねられたことはなくて、住宅を借りるともれなく家電はついてくるシステムだった。あれはいらない、なんて言う人がいないんで、めんどくさいから聞くのもめやちゃったのかもしれないけど。
配達をしてくるのは、福島の配送業者だった。大手の配達屋さん。配送屋さんなら箱に入った新品を置いていけば仕事完了のはずだけど、この仕事は特別で、箱から出して備え付けて、地デジのチャンネル合わせなどして、最後に赤十字のステッカーを貼り付けていくという任務になっているらしい。箱ごともらったら、そのまま新品として売れちゃうから、一応予防線を張ってるのかもしれない。配送屋さんが地デジの設定なんて、不慣れじゃないのかと聞いてみた。あったりまえじゃないの、最初はなんだかさっぱりわかんなかったけど、一日に10件もやってたら、慣れたくなくたって慣れちゃいますよ、なんて感じのお返事だった。その配送屋さん、女房子どもは福島市から避難してるんだそうだ。彼らも立派な被災者だと思うけど、彼らには仮設住宅は割り当てられない。
こんなに至れり尽くせりなのに、当初、仮設住宅に入るのを吉良って、避難所から出ない人がいっぱいいたという。避難所は屋根も壁もなくて、段ボールで壁を作ったりしている。プライバシーもなにもない、最低限以下の生活環境だ。それでも、仮設より避難所のほうがいいという人がいる。なぜか。
仮設住宅は、家賃はタダ、家電はもらえる。でも水道光熱費は自分で払ってね、というきまりだ。もちろん三度の食費も自分でまかなう。ところが避難所だったら、こういう費用が全部タダ。段ボールのベッドで起きたらおもむろに列の後ろに並べば、とりあえずの食事は授けられる。こうやって三食食べていれば、死にはしない(でも実は、死んだ人もいる。ストレスはこわい)。当初は東電がどういう形でどれだけ補償をくれるかもわかんなかったし、先がまったく見えない毎日、お金は少しでも節約したいと思う人がいたって、それはそれで当然だったんじゃないかと思う。全面的に応援したいという気にもなれないけど。
しかしそのうち、避難所は廃止になった。最後はほんの数人が避難所暮らしをしているという状態だったから、でっかいホールを使って避難所を開設している意味はない。避難所にい続けたかった人にはお気の毒だけど、潮時だったのではないかと思う。今はみんな、仮設住宅だの借り上げ住宅だのに入っている。
しかし今度は、借り上げ住宅の立地が問題になってくる。海に面した地域と、原発事故の被災地とで、たくさんの避難者がいる。何万人もいる市町村の全員が避難しているところもあるんだから、仮設住宅を建てる場所だって、早々簡単には見つからない。仮設住宅ができたと鍵を渡されていって見たら、とんでもない山奥だったということもある。家があるだけいいじゃないか、我慢しろよと思うでしょ。ぼくも最初はそう思った。でも我慢ではすまないこともある。津波でクルマも流されちゃった人は多いし、クルマの運転できないお年寄りもいる。そんな人が、クルマでなければ買い物に行けない山奥の仮設住宅に入っちゃったら、どうしようもない。あったかい海の街から、雪の降る山奥へやってきちゃったら、クルマが運転できても雪道に慣れてなくて事故起こしちゃうかもしれないし。
実際のところ、今回の原発事故は3月に起こったんで、まだよかったという意見がある。1月2月の雪のある頃だったら、避難中に事故を起こして交通マヒって可能性だってあった。そしたら大パニックだった。雪があるところに住んでいるとあんまり感じないけど、ついクルマで30分先の海の街では、スタッドレスタイヤなんか用意しなくたって冬を乗り切れる。そういうところの人が雪国に避難してきちゃったら、避難どころではない。こういうのは、避難住宅を用意する行政とかのせいじゃなくって、行政とかなんとかのキャパシティを越えちゃってるということなんだと思う。地震津波の被害だけだったら、なんとかやったような気もするけど、これぱっかりはわかんない。
仮設も、人気仮設と不人気仮設がある。人気なのは、町に近くて、自分ちの村役場に近いところの。そして、ご近所の仲間がいっぱい住んでるところがいい。うちのあたりだけの現象かもしれないけど、村人はみんな仲がいい。それがひとところに集まって、以前の暮らしとおんなじように玄関をのぞいてくっちゃべっていくということができれば、地域のつながりもそれなりに維持できる。ひとりでぽつんと住んでたら、仮設は悲しくなるでしょうね。仮設ってところは世間からも注目を集めるので、いまだに支援物資とかがあとからあとから届くみたい。仮設に住んでる人からは、ときどきおみやげだといってお菓子とかなんかをいただきます。借り上げ住宅に住んでいる人のところまでは、こういうのは回ってこない。まして、村にいて一歩も避難してなかった人には、ほとんどなんにもまわってこない。
仮設住宅には、そのうち集会所もできた。こうなると、立派な地域です。東京の方から演劇がやってきたりエステのサービスがやってきたり、毎日楽しいらしい。仮設暮らしは楽しい。避難というより、地域ぐるみで旅行に出かけてるみたいな感じ。1泊2日の楽しい旅行が、何ヶ月も延々と続いているんだから、楽しくないわけがない。
(もちろんね、避難のたいへんさはあるので、そこをすっ飛ばして読んでもらっちゃ困ります。ついこの前も、仮設住宅から道向かいのコンビニまで買い物に行ったばさまが、トラックにはねられて亡くなりました。お母さんたちは子どもたちの進学について悩んでいます。たいへんなことばっかりだからこそ、お楽しみが重要なわけで)
でもここでまた温度差が生まれる。我が川内村は、緊急時避難準備区域が解除されて、一応建て前は以前と同じ暮らしをしてもいい(とはいえ、来年のお米の作付けについては、作るなとも作れともなんにも決まっていない。もう時間がないし、作っても売れないから、来年もだめにしてもらって、補償をたっぷりもらおうという意見は、ある意味正論だと思う。悲しいけど)ことになっている。津波被害に遭った地域とちがって、ほとんどの家庭は家がちゃんとしている。仮設住宅から自分の家に通っていた人もいる。週末には、村の人口が増えていた。みんな、自分の家に帰ってくる。
でもなんで週末なのかなぁ。仮設住宅に住んでいる人たちは、もちろん仮設からお仕事に通っている人も少なからずいるけれども、失業している人もいる。失業している人、かわいそうだなぁと思うでしょ。でも今回は、失業手当てをもらうまでの手続きがうんと簡単になっている。だから会社は従業員を全部解雇して、とりあえずすぐ失業手当てで生活ができるようにしたところが多い。とりあえず、仕事をしないでも生活費は最低限困らない。
そんな人が、なぜ週末だけに返ってくるのか。月曜日だって水曜日だって、いつだって帰ってくればいいじゃないかと思うんだけど、なんとなく今までの生活習慣ってのがあるのかな。
ついでに話を進めると、失業保険をもらって暮らしているうちに、東電の(悪名高い、分厚い)補償請求が届いた。これにせっせと記入して請求すると、休業補償というのもつく。今までもらっていた給料分は、あらかた補償される。これも、もらっている人は多い。あれ? 失業保険をもらって、休業補償ももらえるの? そうなのだ。被災者たちは、毎月の収入が倍になっちまった。まぁたいへんな思いをさせられたのだからそれもありかなと思うんだけど、働かないで倍の収入を得るようになった人たちが、この先自力で生活する環境にどうやって戻っていくのか、それが心配。
仮設住宅。さらにはペットがいる家とペットが嫌いな家との確執があったりして(マンションなんかではよくある話だけど、こと村人的には、これまで隣の家のペットが迷惑だなんて感情はなかったもんね。隣の家、遠いから)いろんな事件がある。もともとは東電原発事故という事件が発端だけど、事件が事件を呼び、また新たな事件を呼んでいる。そのうち、最初の事件のことなんかみんな忘れるんじゃないかというシナリオじゃないかと、それが一番おっかない。
● 15:08 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011年11月20日
ムラの選挙
今日は、村議会議員の選挙投票日。人口3,000人弱有権者が2,500人くらいと聞きました。震災の後、原発から離れて避難して、住民票も移してしまった人も少なくないので、いよいよ有権者は少ない。
定数10人。今回は13人が立候補しました。現役8人。新人5人。いつもの選挙とまったくちがう選挙なので、みんなたいへんです。でも、選挙もいいものだなぁというのが、投票日のたった今の感想です。
ムラの選挙は、いろいろたいへんだと聞いてました。いまだに実弾がとびかったりするのかなぁ、さすがにそんなことはなかんべえが、どんなことになるのやら、だいたい投票率が9割を超えているなんて、ずっと都会の選挙しかやったことがないイナカ素人には信じられない。
今年、3月以降の村は、人が少なくてとってもさびしい状態だった。村より、避難先のほうが放射線の値も高かったりするのに、なんでみんな逃げてるのかな、一説にはそのほうが補償をいっぱいもらえるからだとか、村に住んでると怒られるからだとか、いろんな諸説あり。でもまぁ事実として、村には人はいなかった。
人のいない地域というのは、これはさびしいもんだ。そりゃ、少子高齢化に過疎化が加わって、人は確実にいなくなっていく。この1〜2年、お葬式は年中行事みたいになってたし、地震の後はそれも少し加速しているような気がする(でもお葬式も地域ではやらないから、あんまり目立たなくなっている)。
そんな中で選挙でござる。村役場が郡山市に逃げているので、メインの投票所は郡山市になる。今まで、歩いていけるところに設置されていた投票所も、今回はない。人がいないから、それもしょうがない。選挙権はあっても、遠くまで逃げている人も多いから、郡山や村の投票所まで来られない人もいる。そういう人のために、不在者投票というシステムがある。
住所変更の手続きをしていると、選挙の案内は転居先に届く。そしたら役場に「おらはこっちで投票したいから不在者投票の手続きをお願い」と連絡する。すると投票用紙とかもろもろが届く。それ持って、地元の役場に出かけると、たったひとりのために臨時の投票所が開設される。投票した投票用紙は、そっちの役場が本来の投票先に郵送する。簡単といえば簡単だけど、問題は来るときと帰るとき、2回郵送されるってことだ。だからぐずぐずしていると時間切れになる。ぼくも1回だけ不在者投票したことがあるけど「郵便間に合わなかったら無効になっちゃいますけどあきらめてね」と言われちゃった。今回は、そんなこんなもあったので、いつもより選挙期間が3日だけ多かった。選挙期間は10日間。その間に不在者投票の手続きをして投票を済ませなければ、遠くに避難した村人は選挙の権利を失うことになる。
投票所だって、いつもの投票所とはちがって、仮設住宅の近所とかに設けられている。どこに投票に行ったらいいのかもよくわかんない。ぼくみたいな流れ者ならそういうのに慣れているけど、生まれたときから同じところで選挙をやっている人たちはさぞ戸惑うことだろう。
誰もいないのに、議会なんか運営できるのかいな、という疑問もないわけではないけど、でも選挙はまんざら悪いものではなかった。選挙に出るとなると、親戚やら近所の人やら、いろんな仲間が手伝いに来る。炊き出しが始まる。にぎやかになる。
選挙だから、酒はない。酒が出ないから、どうしても酒を飲まないと生きていけない人は長居をしないでさっさと帰ったりする点が、いつもとちょっとちがう。酒がないから、まじめに村の将来の話になったりする。選挙だから、それが当然なのだけど。
いつもだったら、葬式だ、お祭りだと、こういう寄り合いの機会は多いのだけど、避難中の村人ゆえ、放っておいたらみんなが集まるチャンスがない。そんな村に選挙がやってきて、人と人のつながりが復活した。
「おれが役場に務めてた頃、投票箱を運ぶのは自転車だった。雪の日に投票所から役場まで自転車で投票箱運んでいて、ふと気がついたら、後ろに積んでいた投票箱がねーんだ。あわてて戻って、道端におっこってるのを見つけて開票所についたら、25分遅刻でみんなを待たせちゃったなぁ」
今ならえらいことですね。選挙の結果はともかく(いや、それが大事なんだけど)今日は久しぶりの人にいっぱい会えて、なんだかうれしい。
● 11:20 | コメント (0) | トラックバック (0)
2011年11月11日
放射能を考えてみたりして
夏休みの課題提出期限はとっくの昔にすぎてしまったけれど、ぼくたちの放射能についての自由研究はまだまだ続いている。この自由研究の奥が深いのは、科学の研究だと思っていると医学の研究だったりするし、もうさっぱりなんだかわかんない。人によっては「はっきり言ってちょうだい」と声を荒げるけれども、たぶんみんなはっきりわかんないんだと思う。
まぁいいやと、ぼくは思いました。キューリー夫人みたいに、死ぬほど研究に没頭したくはないけれど、自由研究というのは、それはそれなりにおもしろいものだからね。
役場が貸し出ししているシンチレーター測定器。アマゾンで、15万円で売っている!
写真は、燃やした灰のバケツに近づけたところ。1.5μSv/hほどがでている
ひとつだけはっきりしているのは、どんな安全も絶対でないということだと思う。そして自転車もオートバイも刃物も火も、すべてあぶない。しかして、便利だったりおもしろいから、ぼくたちは危ない道具を使っている。痛い思いもしている。
放射能というもの、役に立つかどうかは意見のわかれるところだと思うけど、けがしてるのに痛くない痛くないとだまされていたから、今初めてその痛みに接している。もしかしたら歩いてて小石にけつまずくくらいの危険かもしれないし、命の危険があるかもしれないけど、いずれにしてもあぶない。ぼくはオートバイはあぶないものだとよく知っているけど(痛い思いもした)楽しいから乗っている。原子力の場合は、どうなのかな?
ともあれ、今回は評論家みたいなことを言うのはやめて、この半年にやったことを報告してみようと思う。
煙突に近づけてみる。0.45。このへんの空気線量が0.4くらいだから、測定誤差を考えると、まぁ変わらないといっていいと思う
最近やったこと。屋根に上って線量計測をした。屋根は雨に含まれた放射能が多数落ちているから、汚染が大きいとされている。しかし、うちのトタン屋根は周囲の空気線量と大差なかった。具体的には、どちらも0.4μSv/h弱。
ちなみに、ぼくは線量計の数字は、あんまり信じていない。安い線量計だから自信を持って正しいといえないという懐事情もあるんだけど、計測のシステムを考えても、μSv/hで出てくる数字が絶対的に正しいもののような気がしない(この単位は、人間がどれだけダメージを受けるかという尺度で、計算によって出されるものだから)。目安として、ここより高い、ここより低い、という計測ができればいいと思ってる。
てなわけで、薪を焚いているストーブの出口も測ってみた。煙突出口は0.5μSv/h。ちょっと高いかもしれないし、計測のぶれかもしれない。大差ないとということで理解することにした。対して、雨樋にたまった枯れ葉や落ち葉のあたりは1.5μSv/h強を出している。これはちょっと高いけど、ただちに健康に影響のある数値でもないので、次に屋根に上がるときに、少し武装して(マスクと手袋くらいだけど)収集しようと思う。
煙突のすぐ横の雨樋を測ってみた。数字がよく見えないけど、1.5ほどの数字が出ている。これはあんまりさわりたくない数字。ビニールに入っているのは、こうしないと「放射性物質で汚染された測定器で測るインチキやろう」という烙印を押されるから。インターネットこわい。ちなみに役場の線量計は裸で貸してくれたから、裸で測っている。
次なるは薪ストーブ本体だ。燃やしている薪は、3月以前に収穫してきたものもあるし、3月以降のものもある。いずれにしても、多少なりとも雨に濡れたりしながら現在に至っている。薪に線量計を近づけると、0.4μSv/h。室内に置いたものでも同じくらい。室内は0.35μSv/hくらいなので、誤差の範囲とも言えるけど、薪の方がちょっと高いとも言える。
薪を燃やした灰。0.86くらいが出ている。ちょっと高い。けど、絶望的に高いという気もしない。慣れちゃったからかもしれないけど
この薪を燃やしてみる。いまだ、火付けは上手でないので、点火時にはけっこうな煙が出る。この煙を測ってみると、0.3μSv/hから0.4μSv/hくらいが出る。室内と同じ、もしくは薪と同じくらいという感じ。以前、草刈りした草を燃やしてみたところ(公式には、刈った草は処分の方法が決まっていないからなにもしてはならないことになっている。処分が問題になっているあちこちの瓦礫と同じ扱いかと)、これも空気線量と変わらない値だったから、どうやら煙については、放射能はほとんど(もしくはあんまり)含まれていないと評価していいんじゃないかと思う。
で、燃えた薪は灰になる。灰はバケツにためておいて、畑にまいて肥料にするのが通例だったけど、3月以降はそれではあんまり具合がよろしくない。放射能は灰に凝縮されるっていうんだね。凝縮というか、総量が小さくなっちゃうから必然の結果。でも灰が高いということは、煙には含まれていないかもしれないという裏づけにはなる。
問題は残った灰。今までも灰の始末は厄介だったけど、それは手が汚れるからであって、健康被害を考えたことはない。むしろ、なんか健康になれそうな気もしていた。今はマスクをして手袋をして扱う健康被害の厄介者になってしまった。かわいそうに。
そうやってバケツにまとめた灰は、2μSv/hくらいを出している。けっして低くはない。ただし2μSv/hという数値が、どれほど健康に影響を与えるものなのかという判断は微妙だとは思う。
そのバケツに、線量計を近づけてみる。ぴったりくっつけると、2μSv/hちょっとの数字が出る。灰の中に埋め込んでやったらどうなるかという興味もあるが、後始末がめんどくさいのでやらない。2μSv/hの数字を出している線量計を15cm離してみる。数字はすっと0.5くらいまで下がる。3月の事故当時、放射能は離れれば離れるほど安全、としきりと言われていた。そのとおりのようだ。30cmも離れると、0.3前後になってしまって、ふつうの室内の数字と変わらない。
こういう結果から、今うちの灰からでているのは(ほとんど)ガンマ線ではなくてベータ線であることがわかるんだそうだけど、そのへんの話はぼくもあんまり理解していないから、ふれないでおきます。
測定器は、それぞれ測定の傾向もあるし、空気中の放射線も一定しているわけじゃないから、2台で測定すると、こんなこともある。上の写真を見るとでたらめな感じもするし、下の写真を見るときれいにそろっている。測定器の数字なんて、それ自体をあんまり信じるべきでないと実感する
ちょいと昔のことになるけど、水の測り方を教えてくれた人がいる。放射線の専門家で、ちょっと信頼が置ける。水は、もちろんしかるべきところに出して測ってもらえばいいのだけど、手元に安価なガイガーカウンター(ガイガーミューラー管=GM管を使った計測器)がある場合の測り方。GM管はごく低線量を測るのが苦手な特性がある。生きるか死ぬかの判断には使えるけど、食べても大丈夫かどうかを測るには、出てくる数字が大ざっぱすぎる。なので水なんか測れない。
したら、水は煮詰めてしまえばいいのだと教えてもらった。GM管が、こちらがほしい10倍の粗っぽい感度しかないのなら、検体を10倍濃くしてしまえばいいということだ。灰と同じく、水の場合も放射能は濃縮される。それで、いかにも汚染されていそうなたまり水をくんできて、捨ててもいい空き缶に入れてぐつぐつと煮詰めた。家のやかんとかでやるのはこわかったので、外でやったのだけど、けっこう時間がかかって、たいがい燃料を消費して水が全部飛んだところで測ってみた。
結果は、そのへんの空気と変わんなかった。もともと水が汚染されていなかったのか、このやりかたがうまくなかったのか、わかんない。1時間ばかり格闘した実験は、失敗でした。
超純水のハングリーウォーターで洗ったけど、いい結果は出せなかった
うちには、事故当時の1ヶ月間ほど、富岡(原発6kmほど)の自動車工場にいて被曝したクルマがあります。これの線量が、なかなか落ちない。そしたら、お友だちがハングリーウォーターという水を送ってくれた。2リットルで5000円くらいする高価なものであります。
ハングリーウォーターというのは、なんでも取り込みたがる性質を持っているという意味でハングリーと名付けられているけど、ただの水です。でもいっさいの不純物がない、純粋な水。ふつうの水は、塩素やらミネラルやら、いろんな不純物がまぎれこんでいる。これがいっさいないのですね。水素原子がふたつと酸素原子がひとつだけでできている。純粋な水は、たいへん不安定で、なにかにすがろうと必死なんだそうです。だから目の前に汚れとかがあると、これ幸いと取り込んでくれる。つまり汚れが除去できる。
では放射能もこれで除去できるのではないかってんで、送ってきてくれました。
この水、ものすごい威力。半導体を洗浄するのに使っているというのはあとで知ったのですが、洗剤をつけてこするより、はるかにきれいになります。洗剤使わないから、あとで洗剤流さなくていいし、洗剤で素材が傷むこともない。期待をこめて、クルマをごしごしこすりました。
でもだめだった。クルマから出ている放射能は、屋根からの雨水がたまる、ボディの奥の方が元凶でした。奥に向かってハングリーウォーターを振りかけてみたけど、流さなければ物体はそこにとどまっているわけです。
放射能そのものも、消滅させることはできない、洗うというのは、右にあったものを左に移動させるか、うすめて一見なんでもないようにしちゃうか、そっどっちかでしかないんですね。
あと、放射能を根こそぎなくしちゃうという大発見を教えてくれた人もいて、だめもとでやってみたりもしました。糖蜜と焼塩をごにょごにょしてやるんだけど、これもまるで効果でずでした。簡単になくなりゃ、苦労はないわけでね。
本当に不幸中の幸い、ぼくの住む川内村は、この周辺の中では(原発から20kmから30kmのエリア)奇跡的に放射線量が低い地域です。これ、大きな声で言うとその地方の人に申し訳ない気がするんだけど、福島市よりも低いし、川内村役場が避難している郡山市よりも低いか、少なくともどっこいくらいです。
これくらいだったら、知らん顔して住めるという気もします。もともと低い線量をさらに低くするというのは、こりゃまたけっこうたいへんみたいですし。
ツイッターとかで、首都圏に住む友人たちの動向を見ると、放射能はひとつもあってはいけない、見たいな感じで神経質に取り組んでおられるように見えるのですが、こちとら、そんな白黒つけるようなはっきりしたことはやっていられない。かなうものなのかどうかわかんないけど、放射能との共存をするしかないのだと思います。福島浜通りの人間としても首都圏出身の人間としても、原発をつくって容認してきた責任もあると思うんだけど、どんなもんでしょうね。
● 13:25 | コメント (2) | トラックバック (0)
2011年10月12日
あーでもない、こーでもない
原発が爆発してからというもの、世の中にはありとあらゆる矛盾が噴出している。矛盾というか不条理というか不誠実というか、そういう、よくないことが全部だ。放射能がまき散らされて子どもを育てる環境ではないと声高に叫ぶ人は多いが、こういう社会の実態こそ、教育上よろしくない。日本は、原発が爆発したからではなく、もうとっくの昔から、崩壊の道を歩んでいたんじゃないのかなぁ……。
村の人とお話しすると、それぞれいろんな感じ方、温度差があって、おもしろい。おもしろいといってはいけませんね。興味深いし、それぞれ深い。いっしょにお茶をしたり酒を飲んだりする仲間だから、その外側には、もっとちがう考えの人もいるのかもしれない。少なくとも、村を出て、避難所のあたりへ行くと、また考えがちがいます。人は、環境がちがうと、思考の方向も変わってしまうのかなぁと思うところです。
わかりやすい温度差は、帰るか帰らないかと、安全か安全でないか、というあたり。今、うちの村を大きな声で安全だという言い張れる人はほとんどいないと思う。福島市に雇われている山下俊一という大学の先生なら安全だといってくれるかもしれないけど(山下先生を見ると、猪八戒を思い出します。ずいぶんやさしい顔をした猪八戒ですが)、それで安心だと思ってしまえるいいご身分の人も少ない。
村は除染してからみんなで帰ろうという。除染に先駆けて、村中の空中線量を測り始めた。前進は歓迎だけど、これまで半年放っておかれたのはなんだろう。法案に反対の議員が、まともにやったら勝ち目がないんで、せめて牛歩でもしてやれって、そんな感じにさえ思えてしまう。とにかく仕事が遅い。
仕事が遅い、なんて書いたら、役場の人は怒るでしょうね。彼らがてんてこ舞いなのは、よく知ってる。自分らも避難民だし、仕事場が急増だし、前例に基づいての仕事が十八番の役場なのに、舞い込んでくる仕事は前例のないものばっかり。お気の毒だと思います。だから責めないけど、遅いです。村役場だけじゃなくて、誰も彼もが遅いんだけどね。いや、ぼくだってなにもかもが遅いんだけどね。
話の脈略には、なんの関係もない、うちの能天気なウサギ。なにか食べている
役場についてもうちょっといえば、役場のおかれた状況がいかに過酷か、あるいは役場がいかにダメかはともかくとして、事実として村に村役場がないのは明らかだ。国会議事堂も議員会館もみんなまとめて中国にでも引っ越してしまったような感じで、そこから村の未来をどうしようなんて考えているわけだ。原住民としては非常に不安です。外からやいのやいのと言われたくないから、いっそ残ってる村民だけで独立しちゃおうか、なんて冗談を言ったりもしている。いまなら、村役場には毎日ふたりずつが郡山から通勤しているだけなので、革命戦士は10人ばかり必要なだけで、役場の占拠はできそうだ。
冗談はともかく(気持ちはまんざら冗談じゃないのよ)、復旧や復興は地元の人の力が第一だと、識者の先生も言うし村役場自身も言っている。だったら帰っておいでよ。今、原発敷地内で防護マスクで毎日顔を真っ赤にしながら戦っている仲間もいる(ときどきお風呂で、今日も顔がこんなに真っ赤になっちゃったと報告してくれる遠藤さんは、すぐご近所に住んでいる。3号機が爆発した日に発電所に向かっていたけど、間一髪で引き返したそうな)
。村のそこここは、それに比べたらうんと線量は低いから、マスクくらいちゃんとすれば、不安に思わずに作業できるところだって少なくない。あとで除染費用だけ東電にたっぷり請求できるように、道筋つくっていけばいい。どうもね、東電には値切られ、国には除染はこっちの知り合いの業者に頼むからといわれ、手も足も出ないとほほな印象があるわけです。
それに。ほんとに除染は意味があるのか、っていう思いもある。村が、まず手をつけるといっている公共施設は、0.2μSv/hくらいのところが多い。まぁ、裏山とか雨どいとか、除染する意味もあるところもあると思うけど、山の葉っぱにたっぷり積もったやつをなんとかしない限り、全体的な数値はたいして下がんない気がするんだよね。こういうのは、草刈りしたり枝はらいをしたりしながら、こまめに線量を測って実測していくしかない。郡山からの遠隔操作じゃ、なかなかうまくいかないんじゃないかなぁ。
村に住んでたりちょこちょこ帰ったりしている人は、自分たちの土地がどれくらい汚れていて、どれくらい心配なのか(逆に言えば、どれくらい安全なのか)をなんとなく知っている。中には、おっかないからとほとんど帰ってこない人だっている。安全危険のものさしは、人それぞれちがうから、それはそれでいい。
でも、なにも自分ちより線量が高いところに逃げていかなくてもいいだろうと思う。中通の市街地(郡山市とか福島市とか二本松市とか)のどこもかしこもがうちの村より線量が高いとは言わないし、村に帰ってしまえば今まで通りに土仕事をしてよけいな被曝をしてしまう人が出てくるから、オカミは村人を返したがらないのかもしれない。だとしたら、ずいぶんバカにした話だなぁ。子どもは危ないから、子ども部屋から出さずに一生育てようという感覚でしょうか。
中通の街に出かけると、人々がごくふつうの暮らしをしているのにびっくりする。だいたいそういうところで、0.4μSv/h〜0.8μSv/hくらいある。この数字は、避難した村民が帰ってこない、うちらの村の数字とほぼおんなじだ。村はおっかなくて帰ってこれず、市街地なら安心してすめるというのは、もはや放射能がこわいかどうかの問題じゃないんじゃないかなぁ。
東京あたりの皆さんと原発被害についてお話しすると、最近どうなんですか? 原発の話も、最近あんまりでてこなくなっちゃたし、と投げかけられる。テレビとか週刊誌とか、原発の話題は少なくなっちゃったんですね。マスコミが飽きたのか、一般大衆が飽きたのかわかんないけど、日本や人類の将来を左右する大問題のはずの原発事故を飽きちゃえるという感覚もすごいです。
いやいや、原発の記事はのってるし、テレビにも取り上げられてもいるでしょう。でもそんなのは忙しい社会生活を送ってる人には、目に留まらず過ぎさってくんだろうと思う。結局みんな、じぶんちの隣で原発が爆発しないと気がつかないのかもしれない。
事故も復興も現場から。現場にいない取材陣には取材はできないし、現場にいない役場には復興はできないはず。みんな、机上の空論の評論家さまばっかりだ。
かくゆうぼくも、本日はつらつら思ってることを書いてみました。こういうことを語ってると酒の席で「みんな評論家になっちゃったなぁ」とからかわれてしまうのです。すいません。語ってないで、草刈りから始めます。
● 14:37 | コメント (3) | トラックバック (0)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次 最古
